おじさんの独り言

2008.08.18

嬉し涙・悔し涙・日々新たなり

 まだまだ暑い日が続いているが、元気にがんばろう。でも、時折降る夕立のすごさに驚かされる。何か、じわじわ、地球が変わっていくようで・・・

 さて、北京五輪も残すところ1週間。世界のアスリートがメダルを目指し、がんばっている。とりわけ、日本のアスリートたちのがんばりにワクワクドキドキしている。勝負は過酷なもので、必ず、勝者と敗者を作り出す。そして、感極まる笑顔に嬉し涙が滲む。また、うつむく顔に悔し涙があふれる。その涙に私たちが計り知れない人間ドラマが見え隠れする。私も時に、目頭が熱くなり、ともに涙する・・・・
 高校野球も本日が決勝戦。数時間後には勝者と敗者が決まる。そこにもオリンピック同様に、嬉し涙、悔し涙があるだろう。涙でくしゃくしゃになった顔が見えるようだ。過酷であるが結果は勝者と敗者を決める。
 しかし、北京五輪も高校野球も、大舞台に向けた互いに努力に敬意を表したいと思う。その意味で勝者にも敗者にも大きな拍手を送りたい。

 私の身近でもアスリートたちががんばっている。工場の軟式野球部、女子ソフト部の選手たちだ。
 その選手たちは8/16~8/17、宮崎県で今年の大分国民体育大会へ出場権をかけた九州大会に臨んだ。私たちはその応援ツアーで九州を半周した。
 初日は野球部の応援。8/17早朝、3台の車で九州縦貫道を一路宮崎生目の杜運動公園アイビースタジアムへ。この球場はソフトバンクホークスのキャンプで有名。立派な野球場だ。
 13:40からの沖縄県戦に勝てば、国体出場権獲得、負ければ翌日の敗者復活戦。2日目の女子ソフト部の応援に行くためには初日の勝利が必要。
 そんなプレッシャーがあったわけではないと思うが、ゲームは息詰まる投手戦0:0が続く。途中、女子ソフト部の試合途中経過が届く。2回戦、3:7で負けていると。「先制点を許す」の報を受けていただけにまさかとソフト部の戦況も気になり、回は進む。
 7回くらいだったと思うが、ソフト部9:3での勝利と連絡が入る、負けていたはずなのにうむ?さっきの情報が誤りで、勝利が確定。野球もソフトに続けと応援団も熱くなる。しかし、0:0戦況は変わらず、相手投手が良いだけに心の中では、9回0:0の場合のタイブレーク方式(無死満塁で攻防)の延長戦が頭をよぎる。
 でも、9回の攻撃でそんな思いは杞憂に終わる。
 先頭バッターが四球で出塁、送りバントが野手選択を誘い、無死一塁二塁。次のバッターが送りバントを2度ファール。もうバントは難しい。でも、ランエンドヒットのショートゴロで一死二塁三塁、続くバッターは死球で一死満塁。
 軟式野球の戦法で「たたき」がある。これは無死もしく一死でランナーを3塁においてのヒットエンドランだ。軟式ボールが高く弾む特性を生かした作戦で打者は内野ゴロを打つことが要求される。いわば、スクイズと同じ。転がさなければいけない。
 この「たたき」のサインが出るもファールで成功せず、緊張が続く。2ストライク後の「たたき」は強いセカンドゴロに、バックホーム。フォースプレーでタイミングはアウトに見えたが、投球がそれたのとチーム一の俊足がランナーで「セーフ」。念願の先取点だ。北京、甲子園に負けず劣らず応援団の声は最高潮。続いて、「たたき」がセンター前に転がり、2点。その後、センターへのタイムリーで2点、5:0と大ききリードし、沖縄の最終回の攻撃を押さえ。勝利。国体出場を勝ち取る。おめでとう。超、気持ち良い。

 その日は巨人2軍キャンプ宿舎の温泉宿で祝勝会。でも、星野ジャパンが韓国に敗戦。うむ?

 翌日は女子ソフト部の試合会場の延岡へ移動。これが2時間強。宮崎は広い。
 女子ソフト部の対戦相手も沖縄県。過去の対戦では苦戦している相手。先取点を取るまでは不安なもの。2回に4番の3塁打で先制のチャンス。ところがランエンドヒットの空振りで3塁タッチアウト。いやな予感が頭を掠める。しかし、3回に犠牲フライで先制。2死後の3連続ヒットで計4点。沖縄の攻撃はランナー出すも投手が良く投げ、野手が堅守で得点許さず、5回1点、6回4点と追加点を取り、終わってみれば9:0で快勝。第一代表で国体出場権を獲得。万歳・万歳。勝ち抜いた選手に拍手。おめでとう。

 元東芝社長で経団連会長の土光敏夫さんの座右の銘は「日々新たなり」と聞く。勝者も敗者もそして私たちの人生も「日々新たなり」。
 勝利に慢心することなく、敗戦に落ち込むことなく、明日の勝利を目指して、日々、努力を重ね、前進したい。国体での勝利を祈って・・・選手たちがんばれ

2008.07.22

50年ぶりに父に再会

 7月例会のアートクレフはタイムスリップしたようで楽しかったです。

 7/20 親父の里、加茂町青柳に出掛けた。
 小倉から岡山まで新幹線の旅が1時間半、岡山から津山まで、ローカル線で1時間強、津山から美作加茂(みまさかかも)まで因美線で30分。乗り換え時間を含め約5時間の旅だ。
 家内と一緒の久しぶりの列車の旅だ。前日のいけいけ会例会で前夜が遅かったせいもあり、岡山まで居眠りの連続。岡山から津山へは快速ことぶきがすでにホームに入線しており、早速、乗り込む。2車両で車内では扇風機が小さな唸りを上げ少し暑い風を運んでくる。そして、定刻通りに発車。
 15分もすると町並みがなくなり、緑濃い、風景に一変する。電車の片側には山が迫り、片側は大きな川が眼前に広がり、眠気も起きず、子供のように車窓に目を向ける。ローカル線の良さを満喫する。
 約1時間、終点の津山に到着。津山での乗り換え時間は約40分。軽い昼食をと、途中下車で改札を出る。乗り換えの掲示板もなく、案内放送もなく、改札口前の時刻表で乗る電車を確認する。11時36分発を確認。ところがだ、開示板に運休の案内がある。第3日曜日で運休列車が記載されている。私たちが乗る電車も。「えっー!」運休???
 次の電車を探すと14時とある。トラブル発生。どうする。駅前は時間をつぶすような施設はまったくない。美作加茂は津山から5~6つ目の駅。タクシーでと所要時間と料金を聞く。30分くらいで、5000円を下らないと。タクシーで行くことを決め、小さなうどん屋で昼食。私が焼きうどん、家内がわかめうどん。麺は冷麦のような細麺。麺の太さも所変わればサイズがかわるか?
 タクシーに乗り込んでから二つ目のトラブル。車内が蒸し風呂なのだ。最初は客待ちで冷えていないと思っていたが、どうも故障らしい。運転席の窓は大きく開いたままで、長距離の客にめぐり合え「ありがとうございます」と言うものの、エアコンの件は何も言わない。エアコン尾吹き出し口に何度も手をやるだけ。家内が窓を全開、私も全開、しぐさから故障とわかり、文句も言えず、我慢の蒸し風呂タクシーの旅は続いた。
 私も久しぶりの加茂入りでおばさん宅をうる覚え。地図で行き先の「加茂町青柳」を示したのも関わらず、青柳に入ってもひたすら走り、目印を探そうとしない。見覚えのあるところを過ぎて、運転手に停止を命じ、Uターン。徐行を命じて、家並みを確認。ここだとあぜ道のような細い道路に入るように指示、家の前の表札を見て着いたと安堵。料金は6130円。運転手からエアコン故障の侘びの声はなかったが、わざわざ降りて手書きの領収書を持ってきてくれた。最悪のタクシー運転手へありがとうと一言???
 
 訪れた目的は父の遺骨を小倉に移すため。父は私が6歳のとき天国へ召され、その折、祖父が父のふるさとに納骨したもので、この55年間、おじさん・おばさんに守っていただいていた。直接言われたことはないが、私が成長した折に、小倉へつれて変えることのなっていたらしい。父に55年ぶりに会い、小倉へ戻るための旅だった。
 父のふるさとを訪れるのは子供の頃を除いて、3度目。最初は20代。そのときの記憶は30センチくらいの石が石塔の変わりにおいてあったが、祖父が生前に自分の墓を作るときに父の石塔をつってくれたらしく、祖父,戦死した父の弟、そして父のものが並んでいた。どうも、代々の墓でなく、夫婦がひとつの墓に入るらしく、多くの墓がある。
 お坊さんのお経の後、いよいよ、骨壷探しだ。自分のイメージは「墓の下に小さな部屋があり、そこに骨壷が並んでいる」だが、前面の石を除けると部屋はなく、土を掘り、骨壷が出てきた。入り口が小さく、石塔を除き、骨壷を掘り出す。素焼きの壷についている泥を取り、蓋を開けると父の骨が・・・55年ぶりの再会である。蓋の下にあった父の骨はいま、骨上げをしたかのようにきれいであった。この再会を待っていたかのように。これからは小倉の納骨堂に納め、これまで出来なった供養を行いたい。

 掘り起こした骨壷をおいた仏壇を前に、手伝ってくれた親戚の皆さんとしばしの小宴となったが皆さんと自分とのつながりがわからない。しかし、手伝ってくれた一人が只友家の家系図を巻物にして作ってくれており、その巻物で手伝ってくれた人とのつながりがわかった。
 巻物の家系図は祖祖父只友近四郎が基点。近四郎の父が虎蔵、その父が龍治朗、兄が鉄五郎。近四郎の子供は12人。長男米逸が祖父だ。手伝ってくれた人は、祖父米逸の縁続きの人たちだった。いとこはわかるが祖父の兄弟の子、孫は何というのかわからない。父のふるさとは「只友さん」が右に左に多くいた。
 母方の兄弟についても知らない伯父さんが二人いたことを春先に知る機会が会ったが、今度は父方の家系がわかり、父の供養とあわせ、忘れられない一日となった。感謝、感謝である。

 父のふるさと、岡山県津山市加茂町青柳を少し触れたい。
 平成の大合併で苫田郡から津山市になったが、鳥取に近い中国山脈の中央に位置する農業・林業中心とする山村である。市街地のうだるような暑さと違った暑さ、玄関、縁側など開け放し、暑いと口には出てこない暑さ。草いきれもかぐわしく、空気も美味しく感じる。鳥の声、虫の声、そして、川のせせらぎが涼を運んでくる。土産にと貰ったきゅうりは瓜のような太さ。何もかもがやさしく心に残った。

 美作加茂駅から1両編成の電車で帰途についたが、集客数12名。次の電車は1時間後。別れを惜しむように見送ってくれたいとこの富美雄さんに感謝。

 前回、水彩画へチャレンジを宣言したが、まだ、用具の選定で迷っている。普通の水彩画(不透明水彩)と透明水彩がある。絵の具の違いのようだが・・・いずれにしろ、近い機会に用具購入を行いたい。

2008.07.02

祇園太鼓の季節に

 7月に入りました。今日も朝から雨で梅雨明けはまだ先のようです。
 昨日、祇園太鼓の打ち初めがあり、小倉の町に祭りがやってきました。これから、やっさやれやれの掛け声も勇ましく、勇壮な太鼓の音が街中に響き渡ります。北九州市の人口長期予想が90万人と残念な報告がされていますが、雨が降らなきゃ金が降ると言われた小倉祇園で、元気を取り戻したいと思います。
 
 さて、先日、ストレスマネジメントの研修を受けてきました。さまざまなストレスからうつ患者が増えているといいます。問題はコミュニケーションのとり方にあるように思えます。人は一人では生きていけない。人はさまざまな組織の一員として、いろんな人と関わりを持っており、コミュニケーションのあり方が上手であれば楽しく、愉快に生きていけると思うのですが・・・
 いま、「女性は話し方で9割変わる」という本を読んでいます。人と人のかかわり、コミュニケーションの原点は話し方であり、聞き方であると書いています。改めて、話し方、聞き方を見直したいと思います。私もあなたも。

 つまり、ポジティブな話し方、聞き方が大切であると思います。
 上司からよく指導されたのが、「No because」、出来ません。なぜならば云々でなく、「Yes but」、出来ます。しかし、条件整備ができれば。の対処です。
 最初から否定的な対処が「No because」で、肯定的な対処が「Yes but」です。私たちは仕事でもプライベートでもいろんなことに挑戦をしなければいけません。その挑戦に際し、否定的な対処では前進はありません。現状維持にしかなりません。肯定的な対処であれば、成功した場合はもとより、失敗があっても必ずや現状維持以上の変化や成長があるはずです。
 
 こんなことを思い出しながら、年金生活の充実を図るために、水彩画への挑戦をしようと思っています。家内もいいんじゃないと言ってくれます。ネットで諸準備を始めたところです。成長と自己変革に向けて、絵心がまったくありませんが、がんばります。

 

異業種交流「北九州GOGO会」

北九州を拠点に活動する、啓発的な意識を持った楽しい仲間で組織される異業種交流サークルです。

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